2003年01月17日

秋山庄太郎先生

秋山庄太郎先生がお亡くなりになった。 友人たちからメールが昨夜入っていた。とても悲しい。

先生には本当にお世話になった。家も近所で、ベランダの真向かい。職場もすっごく近所だ。

19年前、KITCHEN5をはじめて、まもなく店に食べに来てくださった。「〈主婦の友〉の石川社長からね、知り合いが近くに店を出したから行ってやってくれといわれたんでね」と言って。それからは頻繁にいろいろな方を紹介してくださった。一人で頑張ってる威勢のいいネェちゃんを応援してやるかっていう感じだった。

ある日、お弟子さんがやってきて「先生が〈プレジデント社〉のお店紹介のコーナーで、ここを紹介したいとおっしゃってるんですが・・・」と言う。一切のメディアに出ない方針だからお断りすると、見開きのこのページに是非ここを、という。先生が関係している店や、応援している店が多い中、うちの店を・・・。感激して、それならばと掲載していただく事にした。しかし当時、店の電話は有線のいわゆるピンク電話といわれた公衆電話。仕込み中の問い合わせ電話にでられない。なぜならたった一人で料理を作っているからだ。

「一つだけお願いがあります。電話番号と住所を掲載しないでほしいんです。問い合わせがあっても教えない条件では駄目でしょうか?」と言うと、プレジデント社から「本当にそれでいいんですか?こんな依頼初めてですよ。でもね、この欄は〈人に教えたくない店〉って言うんですよ」「あら、じゃぁ、ちょうどいいね!」

撮影の日先生がやってきて、「無理言ってすまんネェ・・・」と、おっしゃった。

とても感激した。胸が熱くなった。写真の腕だけじゃない。こういう人だから大御所なんだと・・・。

それからも道でばったり会ってはお茶を飲んだり、食事をご馳走になったり。たまにはお弁当を作って届けたり。近所付き合いをしながら、亡くなった父を思ったりした。

私の父とはタイプが違うけど、情が厚くて、照れ屋で、男気がある。そこが似ていた。そういう大正9年生まれの男が一番働いて面白い時代を過ぎていった人なんだと思う。

先生、本当にお世話になりました。有難うございました。

ベランダから・・・合掌。
posted by Yuko at 00:00| 日記:ART, BOOKS etc. | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする