2001年07月16日

密集した家々(イタリア編 その3)

 山の中にどんどん入る。途中、小さな村をいくつも通り過ぎる。どれも可愛い村だ。「これがチビタ・ディ・バノレッジョ?」「ノー」そんなやりとりを数回繰り返した後、突然ニョッキリ小高い山が見えた。頂上のほんのちいさなスペースに密集した家々。長い長い吊り橋がかかっている。ほんの数年前まで山道だったとか。道が崩れて、人々は村から離れ、一時無人村になったそうだ。再び新しい橋ができ、村人が少しずつ戻って来たらしい。pic_mangia14.jpg

 私達が夕食を予約しておいた店は、村の入口近くのバルだ。バルの地下はすばらしいワイン倉になっている。ルーカがワインを数種選んでくれた。外のテーブルで飲むことにする。九五年のビノ・ビアンコはとてもおいしく、瞬く間に二本目。つまみは兎のパテのブルスケッタ(炭焼きトースト)と豚の耳のコッパ(ゼリー寄せ)のブルスケッタ。それとすばらしくおいしいツナと玉葱のマリネ。つまみのおいしさも手伝って、四人で5〜6本空けただろうか。外はもうまっ暗だ。ルーカが空を見上げて「ユーコ、あの星の中のひとつをジッと見てるんだ。そうすると、そのまわりから、ひとつふたつと星が増えてくるんだ」と言う。ジーッと近視の眼をこらして見るところまでは覚えている。また長い長い橋を渡って帰った。いや、帰ったであろう。そう・・・・私は全く覚えていない。初めて記憶を失くしたのが、いきなりイタリアだなんて・・・・。

 オルヴィエートにある「きつねとぶどう」という名のレストランに働きに来て、二週間近くになる。アンナマリアが来た。週末だけ調理場を手伝いに来ている。コロコロ太っていて、優しそうな愛らしい女性だ。開店の準備をアンナマリアに任せて、私とマリアジーナは、歩いて一分のポポロ広場にある青空市場に出掛けた。

 食料品、雑貨、花、衣料品も多い。プロが使う白いエプロンもここで手に入る。自家製のチーズ屋さんで、ペコリーノチーズを買う。このチーズを洋梨とハチミツで頂くととっても合う。ワインがすすむんです。

 店に戻り、買って来たサラダ用のレタスを洗う。水を貯めたシンクの中に入れ、さらに流水で洗いながら水気を切ろうとすると、マリアジーナは「ノー」と言う。シンクの中にレタスを数時間置いておくように、汚れが下に沈むまでねと言う。それじゃあ、レタスが水を含んで長持ちしないのでは・・・・。私達が習慣的にやっている事を考え方の違いで全く反対のやり方でしていたりする。料理だけでなく、広い考え方をしたいと思った。

 オープン前にペペロニ・リピエーニ(ピーマンの詰めもの)を作る。これはコントルノと言って、ほうれん草のソテーやフライドポテトのように、メインディッシュの添えものにあたるが、軽く食べたい時には、メインディッシュにもなる。

 イタリアには、赤や緑の細長い二十センチ位のペペロニがある。色とりどりのピーマンを直火で焼いて、真っ黒にして、皮を流水に晒しながら剥いてから使うとよい。

 まず、牛ひき肉二百グラム、同量のリコッタチーズ、塩、胡椒、パセリ微塵切り、大蒜少々微塵切り、卵一個、パルメザンチーズひとにぎりをまぜたものをパプリカに詰める。フライパンにオリーヴ油をひいた中で焼く。色づいたら白ワイン少々と、たっぷりのトマトの微塵切りを入れ、耐熱皿に移し、オーヴンへ入れる。約三十分で仕上がる。肉だけの詰めものと違い、優しくて、マイルドな味に仕上る。

 八月十一日水曜日、いつものように店に出て来て、開店前の仕込みをしていると、マリアジーナが「ユーコ!グアルダ(見て)!」と、調理場の開け放たれたドアの外を指さす。あたりの陽の光りにスモークがかかったような色だ。そうかぁ、皆既日食だ。今回ヨーロッパのみ見られるとか。おおっ、ラッキーだ!

 割れたガラスに蝋燭の火で煤をつけ、太陽に翳してみると、真っ黒な三日月が見えた。近所の人々がいろいろな形のガラスを私に手渡してくれる。外はとっても騒がしい。

 今日はローマにもどる日だ。友人夫妻が昼食がてら、ローマから車で迎えに来てくれた。

 マリアジーナもルーカもアンナマリアも、いつもと違う。私と目を合わせてくれない。毎朝「ボンジョールノ、ユーコ!アイ・コンテンタ(楽しいか)?」と聞いてくれたのに。

 店の片隅にスーツケースを置いて、今日のランチで最後だからと昨日使ったエプロンをしてると、マリアジーナが新しいエプロンをしろと取り替えさせる。そして、ランチのお客様が入ってるのにもかかわらず、仕込みを始めた。「ユーコ見て。これはとってもおいしいわよ」と、カポコッロと言う豚肉の詰めもの料理を教えてくれる。最後に一つでも多くとの心遣いなのだろう。感謝の気持ちでいっぱいになる。

 昨夜、近所の銀行員が来て「ユーコ、明日マリアジーナは泣くぞ。賭けてもいいぞ。絶対泣く」と言ってたけど、私が泣きそう。私のスーツケースの上にプレゼント用に包装した包みが置いてある。マリアジーナからは、昨夜陶器の鍋を頂いたから・・・・。「これは?」と聞くと、「ルーカからよ」と。ルーカがおどけて泣くまねをしてる。お礼のキスを皆んなにして店を出た。近所の人々にも別れを言う。困った。涙が止まらなくなってきた。

 いきなり手紙を出し、どんな人間かもわからない異国の私を心良く受け入れてくれ、おしげもなく仕事を教えてくれて・・・・。

 私はここでの二週間で覚えた料理から、さらにさらにいい仕事をしたいと思った。「イタリアのキッチンで働いてみたい」という私の夢もかない、豊かな気持ちでいっぱいだった。イタリアってやっぱり好きだ。
posted by Yuko at 00:02| ESSAY | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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