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2005年10月02日

中華料理「中国飯店」

オーストラリア人のAとマンジャーレと3人で中国飯店でランチをした。 マンジャーレとは共通の友人である。

嬉しいねぇ。上海蟹だぁ!

Aは、10歳の時別れたお父様と最近再会できたのだった。先月、その話を訊いて感動した。しかし、お互い連れがあって、充分に話をしていなかったのだ。

Aのお父様は、新聞記者だった。戦争が勃発するたび、家族を置いて、戦場に行く。いつ帰るかもわからない人だった。

すでに亡くなっていたと思っていたお父様は、Aが大人になってから実は生きてることを知った。

叔母様がいることが分かり、 オーストラリアに会いに行くが、何も分からなかった。

お兄さんの学校名が分かり、ネットで卒業生リストから、同名の名前を見つけた。が、日本と違い、その名はよくある名前だ。事情を書いてメールしたら、なんと、「それは僕だ!」と返事が来た。

お父様は、Aの消息を大変な思いで探していた。オーストラリアの新聞に出したり、考え付くあらゆる手で。

日本にいたのに・・・。Aも、オーストラリアに行くたび探した。ロンドンにいるのに・・・。

Aが探している事を、兄から聞いて、(会いたくないのじゃないか)と言う危惧は消えたのだった。そして、お父様ともメールのやり取り。感動的な電話も。

そして、ロンドンへ会いに行った。

お父様は、興奮したせいで、胃潰瘍が破裂して、入院していた。

病院中の人が、Aの事を知っていた。お父様が話したのだろう。嬉しくて嬉しくて。

「同じ病室の人も、カーテンの向こうから覗いてるの」

何度も何度も、幸せなのか?と、Aの今を確認して、全て知りたい事を確認して、昏睡状態になり、6日目に亡くなった。

Aに手を握られて。

なんと、Aがロンドンに住んでいた2年強の間、仕事で毎日のように通っていたビルの真向かいが、お父様が住んでいたアパートだった。きっと、そのとき、何度もすれ違っていただろう。なんということだ。

「お父さんは亡くなったけど、きっと、今、すぐ側に来ているかもよ」と言うと。

「何で分かるのか、わからないけど、何の未練もなく、迷いもなく、天に行ってしまった気がする」と言った。

「お兄さんが毎日毎日、長〜いメールをくれるのよ」と言う。お兄さんの家族はとても仲が良いそうだ。家族の大切さを知っているのだ。Aが、知らなかったお父様のことや、いろいろ思い出す限り、書いてくるそうだ。空白を埋めるように。

「(顔じゃなく)お父さんと似てる?」と訊くと、「似てるの。すごく」

美味しい上海蟹を食べたあと、自転車で来ていたAは颯爽と走り去った。仕事も忙しく、大変なようだ。お父様と同じく、世界中を飛び回っている。