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2005年04月03日

蕎麦「三合庵」・お好み焼き「甚六」

先週の日曜は、思わず救急で病院に行こうと思ったくらい調子が悪かった。なので、レストランに行っていない。レストランの椅子がとっても好きな私は、とっても欲求不満。今日は、はしごをすることにした。

調子が悪いで思い出したが、15年位前だったか、毎日忙しくって、疲れてるところに、鯖を食べたせいで蕁麻疹になった。注射を数回したら、今度は薬疹になってやはり夜中の5時だったか、痒さで、のたうちまわっていた。6時前に家を出た。

タクシーで店に寄って、「本日休業」と書いて、歩いて日赤病院の救急に行った。

「すいません。救急です」

「どなたが?」

「私です」

「どこが?」

「蕁麻疹で、頭と顔がこんなに膨らんでしまって・・・」

「???」

まぁ、私の元の顔を知らない看護士さんには、すっごく腫れてるなんて比較のしようがない。

担当の女医さんが、「あっらぁあ!今日は、重病人ばかりねぇ・・・」と言って、即入院と言う。

「先生、ベットが空いていません」

「あ・け・さ・せ・な・さ・い!!!」

ええっ、大変。入院みたい・・・。

「せ、先生・・・家にチョット、帰っていいですか?」と訊いてみた。

「何でですか?」

「パジャマとか、取ってきたいし・・・」

「何言ってんですかぁあ!ダメです!貴女は重病です」

えぇ!重病?ただの蕁麻疹じゃないのぅ・・・。

婦人科病棟のベットしか空いておらず、そこに入ることになった。頭を揺すると、ぐらぐら揺れるくらいぶよぶよに頭が膨らんでいる。恥ずかしいので、カーテンでベットの周りを囲んだ。

「ねぇ、暑くない?カーテン開ければぁ?」

「私、蕁麻疹で、頭が膨らんでて、スッゴイ顔してて、恥ずかしいんだ」と言うと、

「大丈夫よっ!」と言って、カーテンを開けられてしまった。

「なんともないじゃない。すごくないわよ!」

「本当の顔、知らないくせにぃ・・・」

3日ほどすると、頭に溜まった水が尿となって、すっかり出てしまった。元の顔に戻った。

「あらぁあ!貴女ぁ!そんな顔してたのぅう?!」と驚かれた。

入院は10日間もしていた。その間、いろいろな人がお見舞いに来てくれた。外国人も多い。皆んな、なんで入院しているのか知ってか知らずか、チョコレートを持ってきてくれたりなんかする。食事制限があるのにだ。

しかし、ほとんど完治していた私は、同室の入院患者たちと食べていた。ちょうど口に入れたところに、婦長さんが入ってきた。

「あああっなったはぁあ!な〜にしてるんですかあああ!?私たちが一生懸命治そうとしてるのにぃ!貴女は、自分の病気がわかってるんですかぁあ!もし、水が出てしまったら、生死さえ危なかったんですよぅう!!!・・・・・・」

「ご、ごめんなさい!!!(生死さえ危なかったって?は、初耳だよぅ・・・。言ってよぅ、そんな大事なこと・・・)」

しかし、いつまでたっても退院させてくれない。

それに、毎日足のどちらか、腕のどちらかが痛くなって動かなくなる。毎日動かない手や足が移動していく。担当の若い医師に、その事を言うと。

「・・・うう〜ん。膠原病かも・・・。血液検査しましょう・・・」と言って、私の足に手を置いたまま黙ってしまった。「・・・・???」

ぼーっとしていたら、先生はどこかに行ってしまった。

仕方ないので、看護士さんの詰所に行った。

「婦長さ〜ん!」

「なんですかっ?!」と、まだ、私の事を怒ってるのか、感じが悪い。

「あのぅう、膠原病って何ですかぁあ?」

「どうしてっ?」

「さっき、先生が、私の事を、膠原病かも知れないっておっしゃって・・・ふ、婦長さん!?」婦長は黙って姿を消してしまった。しょうがない・・・。

「看護婦さん!・・・か、看護婦さ〜ん???」

そして、詰所には、誰もいなくなってしまった。しょうがないから、従姉妹に電話して、医学書で調べてもらった。た〜いへん。大変だけど、退院してしまった。

長くなったけど、そんな入院初体験があった。今回はただの風邪でよかったぁあ。

 

そうだ。ハシゴの話だ。

今日は、同時通訳をしているHさんとその友人のTさんと3人で、「三合庵」に行った。天ぷらやつまみをたくさん注文して、蕎麦は一人一つづつと少なめに注文。だって、コレは前菜だから。二人とも、気に入ったようだ。

私はやはり、蕎麦がきが好き。せいろもいい。

その足で、歩いて7分くらいの「甚六」に行く。

ここでも、注文するものがいつも決まってしまう。たこ焼き、すじキムチのお好み焼き、ねぎ焼きだ。

Hさんたちとは、フレンチに行くことが多い。今回初めて、カジュアルな料理を食べた。美味しかったし、楽しかったぁ。
タグ:三合庵