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2001年07月16日

トルコ料理を(トルコ編 その1)

 西麻布にある私のレストランは、小さいにもかかわらず外国人のお客様がやたら多い。

 ある日、添乗員をしている友人から、明日トルコ人のお客様を連れて行くから、トルコ料理を作ってくれないかと電話があった。そのトルコ人エフェットさんは、イスタンブールで旅行会社と船会社を経営されている、五十歳ぐらいのパワフルな女性だった。なくなったご主人の跡を継いで、専業主婦からいきなり女社長となり、百人近い社員をかかえている。細いパイプで優雅に煙草を吸うかなりのヘビースモーカーだ。pic_mangia5.jpg

 私は夏五週間、冬四週間店を閉めて料理の旅に出るのだが、旅が目前になると、なぜかその国のお客様が店に来て、幸運にも旅の数日間お世話になることが多い。エフェットさんとは、数日後イスタンブールで再会する約束をした。

 そして、イスタンブール。新市街の目抜き通りを過ぎて、オフィス街となる一角に彼女の旅行会社があった。電話もせず突然訪問すると、あと三十分位で出社するからと、待つことになった。ほとんどが女性社員で、キビキビと働いている。ここがイスラム教国だとは信じられない(!?)光景だ。昼近くにエフェットさんが現れ、大きく両手を広げて迎えてくれた。ビジネスランチの出前も一緒にいただくことになった。ほとんどの社員が、このランチを食べるそうだ。プラスチックの器に、ナスのトマト煮、キュウリとヨーグルトのサラダ、鶏肉のケバブ、エキメッキという、フランスパンに似たパン、そして必ずヨーグルトがつくそうだ。

 どこのホテルに泊ってるのかと聞かれ、ここから歩いて二十分位のホテルの名を言うと、「ペラ・パレス・ホテルの方がいいわ、支配人は友人だから……」と言って私の返事も聞かず電話してる。「四〇パーセント引きだというけどどうする?」四〇パーセント引きでいくらかと聞くと、なんと七千円位。安い!あのアガサ・クリスティが『オリエント急行の殺人』を書くために滞在した有名なホテルだ。博物館になってしまうかもしれないトルコで最も古いホテル。迷うわけがない。さっそく予約してもらった。

 そして明日の夜、社員のひとりの結婚式があるのでそのパーティに出席しないかと誘われた。「おいしいトルコ料理が出るんですか?」と聞くと、「トルコ料理を基本とした独創的な料理が出るのよ。明日五時にここに来て、社員と貸切バスに乗って山のレストランに来なさい」もちろん二つ返事で約束をした。

 豊かな気持ちできた道を戻りながら、大好きなラフマジュンを買う。ピザの元祖のようなもので、アラブのナーン(ビタパン)にトマトソースとコリアンダー、玉ねぎなどを乗せてくるくる巻いて手渡してくれる。ホテルのエレベーターの中で、ボーイさん一緒になった。ラフマジュンを大切そうに持ってる私を見て、日本ではラフマジュンを何と言うんだと尋ねる。

 ラフマジュンが日本にもあるんだと思ってる発想に驚いたものの、期待にこたえたいなぁという思いで、思わず「お好み焼き」と言ってしまった。「おとのみいき?」「ノーノー、お・こ・の・み・や・き」と、くだらない会話をしながら、やれやれと部屋のドアにキーを差し込んでると一つおいた隣のドアで、ガチャガチャとキーの音がする。思わず目が合った。な、なんと、私の店の客ではないかぁ。

「なんでここにいるの!?」

「僕達、新婚旅行。ユーコさんは?」

「ひとりさぁ」(悪いか)

 新妻が「便秘なんです。薬、持ってます?」と言うので、一回分をかなり多めに渡しておいた。

 翌朝、約束のペラ・パレス・ホテルの支配人を訪ねていくと、なんとクリスティルーム四一一号室のキーを手渡された。手動の旧式エレベーターを若いボーイさんが操作する。笑顔はまるで子供のようだ。何歳かと聞いてみると、十六歳だと言う。ホテル学校に通っていて、夏の期間は各ホテルに研修に行くそうだ。ドアにアガサ・クリスティのネームプレートが張ってある。当時のままの部屋には小さな机と、ベッドにはワインレッドのベルベット地のベッドカバー、壁には当時の写真や新聞記事が飾られている。窓からは一階のカフェテラスが真下にある。左にマルマラ海、右に旧市街が見える。格別豪華でもなく、むしろ簡素で当時がしのばれる。

 夕食は支配人と一緒に、ホテル内のレストランに行く。「あなたはトルコ料理を勉強するのだから、トルコのお客様だ」と言うことで、タダだった。最近どこの国へ行っても、必ずタダで食事をする機会がある。かなり強力な食べ物の神様がついているようだ。少しずつトルコ料理のメゼ(前菜)が並ぶ。ぶどうの葉のライス包み、ムール貝のライス詰め、白チーズとパセリのパイ包み、なすのトマト詰め、これはイマーム(お坊さん)・バユルドウ(失神する)というアラブ一帯にある料理だ。

 これには二つの意味があって、あまりにもおいしくて失神するほどだと言うことと、トルコでもオリーヴ油は高価で、なすは油をたくさん吸うので、高くつきすぎて失神したという意味がある。

 作り方はいたってシンプル。なすを六個ほど用意する。二箇所ほど切込みを入れ、オリーヴ油で揚げておく。玉ねぎ一個、トマト三個をスライスする。大蒜二片みじん切りしたものをオリーヴ油で炒め、レーズン、松の実を少々加え、塩、胡椒、砂糖少々で調えたものを、なすに詰める。残った野菜は深皿に敷き、その上になすを並べる。柘榴酢又はレモンの絞り汁をふりかけ、オーブンで仕上げる。

 とろりとした舌ざわりで、思わずうなってしまうおいしさだ。そういえば中国のスープで、坊さんがあまりのおいしさに塀を飛び越えたと言う料理があるとか。スパイスロードは確かにつながっているのだ。

百年の歴史を持つレストランの、豪華なシャンデリアの下で、かなり腹の出たダンサーのベリーダンスが始まった。