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2000年12月10日

ビンボー!ビンボー!(シシリーの冬編 その1)

 「ビンボー!ビンボー!」と、階上に向かって太った船員が叫んでいる。

 ヘッ!おもしろ〜い。ビンボーって赤ちゃんの意味だよねぇ。私もお手伝いしよっと。
 「ビンボー!貧乏!」と、違う意味も込めて叫ぶ。太った船員が笑ってもっとやれって感じで合図する。ふたりで一緒に叫ぶ。
 「ビンボー!!」

 なるほど童顔の若い船員が、はにかんだ顔して下りてきた。暇つぶしになったなッ。 ギリシャから前日の夕方フェリーに乗って、翌朝と言ってもまだ真っ暗な中、イタリアの踵にあたる港町ブリンディッシに到着した。税関で麻薬犬が私を見て「ワン!」と吠えたため、荷物を全部調べられる。列車に間に合わなくなるじゃない。ぐすん。「プレースト!」列車の時間がないと大声でどなると「プレーゴ、プレーゴ(どうぞ)」と、いとも簡単に解放してくれた。なんだ、始めから駄々をこねればよかったのかぁ。

 発車寸前に飛び乗る。プーリア州の州都バーリに着いた。活気のある街ではあるが、治安は悪そう。街をぶらぶら歩いてると、住宅街に入った。洗濯物が窓と窓をつないで、ナポリのそれと同じだ。道の端で取っ手がちぎれたハンドバックを見つけた。中を見ると、日本人のパスポートが入ってる。引ったくりにあったんだとすぐに想像がつく。急に恐くなった。警察署に向かって急ぐ。
 まだまだつたないイタリア語で説明する。
「君の名前は」
「ユーコ」
「貴方は?」
「ファビオ」
「ファビオね」
「OK!ユーコ、これは君の友達のパスポートか?」
「違う!拾ったの。偶然、日本人のだったの」

 そのやりとりの途中で、ドタドタと騒がしい足音がして日本人の老夫婦らしき人が、血相変えて飛びこんできた。あっ!これだ!
「宇佐美さんですね!パスポートありますよ!拾ったの!」
「うわぁー!君は天使だぁ!」と、ドサクサにまぎれて私を抱きしめるのはご主人の方。
「メノマーレ(良かった)、被害証明はいるか?」と、親切なファビオ。
「宇佐美さん、保険入ってます。そしたら被害証明だしてもらいましょう。何が盗られてます?」
「現金が3・4万程度と、ダイアの指輪と…」
「多めに申告しときますか?この際3・40万とかダイア3カラットとか…」
「いいえェ、そんなぁ。パスポートが出てきただけでもありがたいのに…」
「へぇ…。犯人を覚えてます?何人組み?」
どうも、バイクの2人乗りに後ろから引っ手繰られたらしい。
 調書を書くのにもどかしいので、絵を描いたら、ファビオに叱られた。調書に絵を描くなって言われても、バイクの大きさとか色とか、イタリア人なのに細かくてうるさいんだもん…。

 ファビオ達と宇佐美さん夫妻と賑やかに握手とキスで挨拶して別れた。すっごい日だった。

 翌日の夜行列車で、今回の目的である冬のシチリアに向かう。1枚の絵葉書にあった冬のシチリアの光を浴びたい、そのために…。

 夜食を買いこんだ。メニューにうるさい私のスーパー夜食は、ブッラータという1日しかもたないクリームのようなチーズ(プーリアの名物)。ムッファというカラーブリア州の名物の辛いクリーム状のサラミ。パンにたっぷりぬってワインといただく。幸せになる。それと、カジキマグロの燻製。これでOK!

 翌朝本土とシチリアを繋ぐトンネルでいったん降ろされ、連結を待つ。海と空が全く区別できない朝焼けの色。薄いピンクと薄いブルーのグラデーション。海といわず空といわず、それだけが全ての景色。なんて美しいんだろう。潮風の冷たさなんてもう忘れてしまった。
 列車の中で知り合ったエレナという、小柄なシィニョリーナに、
「グアルダ!ベリッシマ!(見て!きれい!)」って言うと、
「ノルマーレ(いつもよ)」と、クールに返されてしまった。

 連結作業が終わり、再び列車に乗り込む。パレルモに到着。バスセンターから長距離バスに乗り換え、ようやくトラパニに到着。
 夏の枯れきった景色と違い緑も多くて、道端にも黄色い小さな花がいっぱい咲いている。タンポポに似てる。ぽかぽかと暖かい日だ。昨年同様アウティーリアが駅まで迎えに来てくれた。海辺にある夏の家と違い、冬の家は新市街のほぼ中心にある集合住宅だ。アウティーリアの家は5階。イタリアのシンプルな黒を基調とした家具が多い。そして、大きなガラスのテーブルや棚も多く、メイドさんが掃除の真っ最中だ。それはそれは丁寧に磨き上げてる。

 アウティーリアに1週間ほど前、女の赤ちゃんが誕生していた。名前はアレーシア。とっても可愛い。
「アウティーリア、私ね、この街に家が欲しいなぁ、小さな家」と、2DKほどの部屋の間取りをかいてると、アウティーリアが覗き込みながら、
「シー、チェ(うん、あるよ)」
「チェ?ドーベ エ?(ある?どこに?)」と、ベランダに連れて行かれ、
「ミケーレが建てたのよ。ラー(あそこ)」
と、下方を指差した。