2018年09月20日

本日のメニュー


≪お知らせ≫
◎バルセロナ・イスタンブール・アンドラ公国の料理も4週すぎたので、今週から、少しづつ南ヨーロッパと中東料理他…を加えて行きます。

〔インスタグラムに料理と陶器の写真を時々アップしています(Yuko.kitchen5)〕

≪21日(金)・22日(土)のメニュー≫

<本日のメニュー>
◎鱸のシーフードとココチャスのムースのアンチョビとケッパーとムールスープソース 野菜のパスタ添え(スペイン)

◎キャベツの鴨のコンフィと野菜の酢漬けとオリーヴ、スペイン産チーズ包み フォンドヴォーとマスタードのソース煮 野菜のパスタ添え(スペイン)

◎牛胃袋と生ハムとチョリソ煮込み(スペイン)

◎野菜9種類のトルティーリャの重ね焼き(スペイン)

◎ティンバル型タルト3段詰め ズッキーニとポテト、オニオングラタンとグリュエール、ビーツのピュレとフォンティーナチーズ ラルドのムース添え(スペイン)

◎もち豚のソテー 生ハムとチョリソと野菜のモザイクソース(アンドラ公国)

◎鰯のドルマ 葡萄の葉包み トマトソース(トルコ)
鰯の中に松の実、レーズン、スパイスで炊いたライス包みです。葡萄の葉の塩漬けで包んで香りも楽しむ料理です。

◎牛ミンチとポルチーニ茸のミートボール 牛テール肉とイソットと茸のソース 野菜のパスタ添え(トルコ)

◎ラムのミンチと胡桃とアーモンドローストのキョフテ 甘い唐辛子ペーストソース煮と焼き茄子のグラタン添え(トルコ)

◎ラムスネ肉とオクラのざくろソース煮 赤いライス添え(トルコ)
この料理は、トルコだけでなく、イラクやレバノンなど近隣の国でもたべられます。少しづつの違いはありますが。ザクロの酸味が合います。

◎蛸の香味野菜ととタマリンドと甘いビベールソースの煮込み 茄子のグラタン添え(トルコ)
たくさんの香味野菜を使って、トマトと甘いビベールペーストで煮込みました。

◎兵庫産ポートベラ(特大マッシュルーム)の3種チーズ詰め焼き(イタリア)

◎海老と野菜のオッジャ 赤いライス添え(チュニジア)

◎チキンのモレソースのエンチラーダ 赤いチレソース(メキシコ)
モレソースは、4種チレとメキシコのチョコレートやスパイスから作ったプエブラ風です。

◎スパイシービーフ 赤いライス添え
かなり久々に作る、35年前から作っている料理です。リクエストにお応えして!

◎蟹のカレー 赤いライス添え (この料理だけは外せない。レギュラー料理です)(インド)

<冷たい前菜>
◎酢漬けビーツに漬けたブルグルと野菜のトルコ風タブーリ(トルコ)
◎茄子とピーマンの辛いビベールソース焼きのマリネ(トルコ
◎酢漬けビーツとヨーグルトのザジキ(トルコ)
◎蛸のイソットを使ったマリネ(トルコ)
◎無花果のチーズとアーモンドのムース添え(フランス)
◎南仏のガスパチョ(フランス)

※ピンチョは温かいピンチョと冷たいピンチョと合わせて12種類以上用意させていただきます。

<デザート>

◎マンゴのタルト(フランス)
◎パイナップルとレモンのチーズケーキタルト(フランス)
◎マロンとブルーベリーのタルト(フランス)
◎エスプレッソとラム酒のパルフェ(フランス)
◎桃の赤ワイン煮(フランス)

メインディッシュ15種類以上〔1250(1350)円〜2150円(2322)円〕、ピンチョ13種類以上〔1個350(378)円〕他。

※ご予約・ご来店をお待ちしていますm(__)m
posted by Yuko at 15:10| 日記:西麻布事情 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年09月18日

豪雨の日

引き寄せる力とか、偶然とかではない出来事って誰しもある。
店をやってると、そんな場面に出くわす。それほど大げさでなくても、思わず面白〜い!と手を打つ程度の…。

連休後のせいか今日は暇。翌日の明日は満席だと言うのに。

豪雨の予報が出ていて早めにお客さんがひく。

ラストオーダー過ぎて料理にラップをかけていたら、古い常連のDさんが友人のCさんを紹介したいと来店。
先日も予約しないでいらしていただいたのだが、満席でお断りした。
なので、ラップを外して、再び営業体制に入る事にする。

ほとんど同時に女優のMさんが1人で来店。
更に後から、Cさんの奥さん(日本人)も加わって、カウンターはアットホームな感じだ。チョット濃いけど。

Mさんが、「勇気出して1人で来て良かった」と、小さく呟いてるのが可愛らしい。

まだ、旅の影響もあって、トルコ料理はじめ中東料理が今日は多い。
初めていらしたCさん夫妻が、「ザジキがある!ブルグルが!」と驚いて、理由を聞いてくる。
「ロンドンに住んでるイラク人の料理研究家の家で勉強してたんです」と答えたら。
「僕たちはイラク人ですよ!」とDさんとCさん。
「私達は結婚して32年前からヨルダンに住んでいたんです」と奥さん。

すると、女優のMさんが、取材でヨルダンに行っていたと言う。
ジャーナリストという肩書きでビザを取り、ヨルダンからシリア近くまでカメラマン、ボディガード、ディレクターと4,5人での旅だったと。
かなり危険な旅ではないか!

私がシリアからヨルダンに入ったのは、シリア内乱が勃発する2週間前。ひとしきりシリア、ヨルダンの話しになった。

何から話が変わったか忘れたが、アフリカでのCM撮影の話になった。
その撮影での、Mさんと野生のチーターとのツーショットは、猫と一緒にいるんじゃないかと思うくらい自然で美しい。

チーターが、すりすりしてきたので、思わず首を抱いてしまったと。
ヒエー!超自然児ダネ〜。
写真もたくさん見せていただいたが、表情も息を呑むほど美しい。
チーターと歩く姿なんて、ほんと自然で魅入ってしまう。カメラマンは、夢中でカメラを回し続けたと思うなぁ。

すると、Dさん達もアフリカの写真をたくさん見せてくれる。
ライオンがシマウマを半分くらい食べ終わって、まだ、かぶりついてる写真とかは、シマウマの個性的な柄でそれとすぐわかるし、衝撃的!

野生のサイの写真なんて、なかなか偶然には撮れないだろう。
料理が美味しければ、アフリカに行くんだけど…。個性的な食材ばかりで、再現は難しそうだし。

そして、今度はルーツの話になり、Mさんが、家族の写真を見せてくれた。
美しい人は家族もやはり美しいとばかりにキレイ!を連発したからだろうか。
イラク人のDさん達も「僕のお母さんの若い時」はじめ、家族の写真から孫の写真まで見せてくれて。
ますます盛り上がる。

外は雨が降り出した。
帰りがけ、「楽しかったぁあ」と、思わず私が言ってしまった。
posted by Yuko at 23:14| 日記:西麻布事情 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年08月17日

蕎麦「たじま」

この夏旅から帰っての仕込み期間に、バイトスタッフの希望者に限り、仕込みを一緒にする1日を設けている。

今回は、まゆちゃんと。

好きな時間に来ていいよと言うと、朝9時に来た。
すでに、築地から戻って、仕込みを始めてはいたが、お茶をしながら、今日の仕込みの予定を話す。

食材の扱い方、手順のロスを少なくする方法、段取りなどはもちろんだが、どう考えて、この料理を作っているかと言う考え方を教えたい。

それを、自分でやるかどうかは、自分で決めればいい。いろんな考え方があると言うことだけ知ればいいのだと思う。

夕方まで仕込みをして、カヴァを飲みながら、夕食はどこに行こうか話す。

久々に、歩いていける「たじま」を予約した。

だし巻き卵、山芋饅頭の揚げ出し、茄子の揚げ出し、掻き揚げ、お造り、から始まり、目がつくものを注文。
シメは、納豆蕎麦をまゆちゃんが。私は、名前は忘れたが、薬味がいっぱいの冷たい蕎麦を。
デザートのわらび餅の黒砂糖がけ、アイスクリームも。

めちゃめちゃ、お腹がいっぱいになって、苦しくてしょうがない。
それでも歩いて、中国大使館の裏の長玄寺に行く。
門が閉まってて入れないから、確認しただけで帰る事に。

この、長玄寺は、ラグーサ玉さんの菩提寺なのだ。
ラグーサ玉さん。
日本で初めての女性洋画家だ。

明治時代中期だろうか、パレルモ出身のラグーサ教授が日本の芸術大学創設にあたり、日本政府から招かれた。絵が好きな少女、玉さんと知り合い、玉さんは、洋画の指導を受ける。

20歳も年上のラグーサさんと恋に落ち、当時まだ17歳ぐらいだった玉さんは、シシリーにお嫁に行く。

パレルモに住む事になり、しばらくして病気になったラグーサさんを支えながらも50年近くだったかパレルモに住んでいた。

ラグーサさん亡き後、玉さんは、死ぬときは日本で死にたいと。しかし、日本政府が、許可をしなかった。

当時17歳の姪御さんが4カ月かけて船でローマまで玉さんを迎えに行く。数ヶ月の滞在の間に許可が出たのだろう。玉さんとともに日本に帰ってくる。

玉さんが亡くなったのは、昭和17年だったか14年だったか。

なぜ、そんなことをと思われるでしょう。

それは、20年以上前。
私が、玉さんの事を知ったのはNHKのドキュメンタリーをたまたま見たのだ。
当時、私はシシリーのトラパニという街に家を持っていた。
そこから、船で20分くらいのファビニャーナ島へよく遊びに行っていたのだが、その島の博物館に玉さんの絵が保存されていたのだ。

そして、夏休みの度、シシリーの家に友人たちが遊びに来ていたのだが、たまたま、歌舞伎役者のSさんと一緒に来たことがあるYちゃんが、シシリーに一緒に行きたいと言うので、ノリでいいよと言ってしまった。

まだ会って2回目くらいなのにだ。
会って3度目は機上でだった。

そのYちゃんに、ラグーサ玉さんの話をしたら、当時17歳の姪御さんだった方に、長唄を教えてもらっていたと言うのだ。
「そう言えば、おばあさんなのに、今日のエスプレッソはうまくいかなかったって言うのよ。えらく、ハイカラなおばあちゃんだなって思っていたら、その方だったのよ」と。
もう、驚いたのなんの。

そのシシリーの家は、6年後に売ってしまったのだが、玉さんの菩提寺が、うちの店から歩いて10分以内の近所だったとは。知ったのは昨日だ。
縁を感じずにはいられない。
posted by Yuko at 22:29| 食歩:日本料理 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする